こんな方にオススメの内容!
- なぜ「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界遺産に登録されたのか理由が気になる!
- 教養として世界遺産に関する知識を身につけたい!
- 世界遺産検定の受験を考えている!
- 北海道・東北への旅行を考えている!


遺産ポイント
- 1道3県にまたがるシリアル・ノミネーション・サイト形態の世界遺産!
- 1万年以上も農耕をせずに狩猟などで生活を続けてきた!
- その土地の形状や気候などの環境に適した独自の生活を送っていた!
「北海道・北東北の縄文遺跡群」のプロフィール
登録名称 | 北海道・北東北の縄文遺跡群 |
---|---|
登録年 | 2021年 |
所在国 | 日本(北海道 / 青森県 / 岩手県 / 秋田県) |
登録ジャンル | 文化遺産 |
登録基準 | (iii)(v) |
備考 | シリアル・ノミネーション・サイト |
登録名称の「北海道・北東北の縄文遺跡群」を深掘り

「北海道・北東北」という記載がある通り、世界遺産に登録されている範囲は、北海道から北東北(青森県、秋田県、岩手県)の計4つの道県にまたがっています。
複数の自治体にまたがって登録されているということは、一つの文化財が世界遺産登録されているわけではなく、複数の関連する文化財が登録されているということです!


このように一つの文化財ではなく、複数の文化財が複数の国や自治体にまたがって世界遺産登録されていることを”シリアル・ノミネーション・サイト”登録と言います!
なお、シリアル・ノミネーション・サイトの詳細に関してはこちらの記事で解説しています。

また、今回世界遺産登録されている文化財は日本の縄文時代に築かれたものです。
なので世界遺産登録名称に「縄文遺跡群」という記載があります。
ちなみに縄文時代とは日本独自の時代名を指し、下記のような位置付けになります。
旧石器時代 | 1万6500年頃以前 |
縄文時代 | 1万6500年頃~紀元前4世紀後半頃 |
---|---|
弥生時代 | 紀元前4世紀後半頃~3世紀後半頃 |
古墳時代 | 3世紀後半頃~6世紀 |
飛鳥時代 | 6世紀後半頃~8世紀前半頃 |
奈良時代 | 8世紀前半頃~8世紀前半頃 |
※省略 | |
江戸時代 | 1603〜1868年 |
明治 | 1868〜1912年 |
大正 | 1912~1926年 |
昭和 | 1926〜1989年 |
平成 | 1989〜2020年 |
令和 | 2020年〜 |

まとめると、日本の4道県に点在している縄文時代の貴重な遺跡が世界遺産に登録されていることになります!
世界遺産に登録された理由

縄文遺跡群が世界遺産に登録された要因は大きく分けて下記の2つになります。
- 世界的に見ても貴重な考古遺跡が残っている!
- 独特な集落・定住を示している!
縄文時代とは日本独自の時代であり、海外の考古遺跡などからでは見ることのできない非常に貴重な遺跡がいくつも残されています。
また独特な生活を営んでいた証拠を見ることができます。


1万年以上続く独特な定住社会

縄文時代は紀元前から約1万年以上も続いた非常に長い時代です。
そしてそんな長い時代にも関わらず、農業(農耕)をせずに狩猟や漁労(漁業)を中心とした生活を貫いてきた人々の暮らしの痕跡が保存の良い状態で残っています!


狩猟や漁猟に関する遺物や定住していた際の遺構などが、北海道や北東北で数多く発見されました。
さらにそれだけでなく、祭祀場や儀式場、自然を神として拝める自然崇拝場などのような伝統・文化の痕跡も数多く残されていたのです!
これらの痕跡の代表的なものとして挙げられるのが「縄文土器」や「土偶」などです。

このように縄文時代の人々の暮らしや精神文化を今に伝える貴重な文化財が数多く残っていることから、登録基準の(iii)が認められて世界遺産に登録されました!
ちなみに、発掘された考古遺跡だけで構成される世界遺産登録は「北海道・北東北の縄文遺跡群」が日本で初めてになります。
土地や気候に適応した生活スタイル

北海道や北東北は国内でも特に気候や土地の変化が激しい地域です。
そんな変化に富んだ環境のなかで、土地や気候に適応しながら集落を形成し定住していった過程を見ることができる点も、世界遺産に登録された大きなポイントになります!




- 水量が豊富な河川が複数あり漁場としても生活用水の確保としても最適!
- 暖流と寒流がぶつかる海に面しているため漁場として最適!
- 建物を建てる際に使用する木々や石が豊富にある!
上記のように、北海道や北東北は定住する上で最適な条件がいくつも揃っていたのです!
しかし寒暖差が激しいことや土地の形状が複雑な点など、定住は決して簡単なものでありませんでした。
それでも当時の人々は知恵を働かせて特徴的な土地や気候にうまく適用し、長年生活をし続けていったのです。



以上のように、特徴的な土地や気候によって育まれた生活様式に価値があるとされて、登録基準の(v)が認められました!
(登録基準についてはこちらの記事で詳しく解説しています)
6つのステージに分けられる縄文時代の生活様式




縄文時代は下記の6つの生活ステージに分けることができます。
概要 | 主な遺跡 | |
---|---|---|
ステージ Ⅰ(前半) | 居住開始 | 大平山元遺跡 |
ステージ Ⅰ(後半) | 集落誕生 | 垣ノ島遺跡 |
ステージ Ⅱ(前半) | 集落の多様化&祭祀場の誕生 | 北黄金貝塚、田小屋野貝塚、二ツ森貝塚 |
ステージ Ⅱ(後半) | 拠点となる集落の出現&主要な祭祀場の決定 | 三内丸山遺跡、大船遺跡、御所野遺跡 |
ステージ Ⅲ(前半) | 集落の分散&共同の祭祀場・墓地の誕生 | 入江貝塚、小牧野遺跡、伊勢堂岱遺跡、大湯環状列石 |
ステージ Ⅲ(後半) | 祭祀場と墓地の分離 | キウス周堤墓群、大森勝山遺跡、高砂貝塚、亀ヶ岡石器時代遺跡、是川石器時代遺跡 |
さらに簡単にまとめると
定住 ⇨ 集落形成 ⇨ 施設の整備 ⇨ 施設を共有 ⇨ 分散化(独立)
このようなイメージですね。
そして世界遺産に登録された遺跡群からは、各ステージの痕跡を全て見ることができるのです!
これを「連続性のある資産」と言い、世界遺産登録をする上で絶対条件である「顕著な普遍的価値」を最も表しているポイントになります。


世界遺産に登録されている文化財の一例

前述の「6つのステージに分けられる縄文時代の生活様式」でも少し触れた、各ステージに関わる文化財の代表的なものについて、さらに深堀して理解していきましょう!

大平山元(おおだいやまもと)遺跡

登録された遺跡群の中で最も古い歴史を持つ「大平山元遺跡」 ※引用:「北海道・北東北の縄文遺跡群公式ホームページ」より。
- 17の構成資産の中で最も古い歴史を持つ。
- 石器に適した良質な石材が取ることができる。
- サケなどの川魚を採取して生活をしていた。
- 移動式の住居で過ごしていたことがわかっている。
なんと言っても、北東アジア最古と言われている土器が発見されたことが有名になる火種となりました!
その他にも古い土器やその破片がいくつも見つかっているため、土器の起源を知る上で重要なエリアとなっています。
また、他のエリアの住居遺跡とは違い、穴を掘って住居を建造した痕跡がないため、気候や環境に応じて柔軟に住む場所を移動できるような生活スタイルを確立させていたと考えられています。

垣ノ島(かきのしま)遺跡

国内最大級の”盛土遺構”が見られる「垣ノ島遺跡」 ※引用:「北海道・北東北の縄文遺跡群公式ホームページ」より。
- 竪穴(たてあな)建物からなる住居エリアと土坑墓からなる墓エリアに分けられている。
- 漁に使われる石器が多く見つかり、量が盛んな地域であることがわかる。
- 長期間定住できるような耐久性のある竪穴住居が多く建てられた。
- 墓からは子どもの足を押しつけた足形付土版(あしがたつきどばん)が多く見つかっている。
日常空間である住居エリアと非日常空間である墓エリアに区別されて集落が形成されていたところがポイントになります!
また土を積み上げて”コの字”で造られた「盛土遺構」は国内最大級の規模と言われています。
三内丸山(さんないまるやま)遺跡

登録された遺跡群の中で最大規模を誇る「三内丸山遺跡」
- 「竪穴(たてあな)式住居」「堀立柱(ほったてばしら)建物」「土坑墓(どこうぼ)」「貯蔵穴」など大規模な建物が点在する。
- 自然の資源を利用した非常に多くの土器や石器などが見つかっている。
- 複数の盛土からは日本最多となる2,000点以上の土偶が見つかっている。
17の構成資産の中で最も大規模な遺跡です!
発掘された遺物・遺構は最多で、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の最大の目玉スポットと言っても過言ではありません。
集落が形成され、定住し、祭祀が行われるなどの縄文時代の生活の発展の過程を見ることができる貴重な遺跡となってます。

二ツ森(ふたつもり)貝塚

海との接点が強い生活を送っていた痕跡が残る「二ツ森貝塚」 ※引用:「北海道・北東北の縄文遺跡群公式ホームページ」より。
- 漁や貝の採取に関する遺物・遺構が多数残る。
- 竪穴(たてあな)式住居跡や貯蔵穴などが残り、かつて大規模な集落が形成されていたことがわかる。
- 台地の下層からは海水、上層からは汽水(海水と淡水が入り混じる水域)の貝殻が見つかった。
この二ツ森貝塚エリアはかつて海が陸地に浸水してきたり、反対に水が引いたりを繰り返してきた地域です。
そのような環境に適応した集落が形成されたり、海をうまく利用した生活が行われたりしていた痕跡が残っているところがポイントです!

大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)

ストーンサークルの痕跡が見られる「大湯環状列石」 ※引用:「北海道・北東北の縄文遺跡群公式ホームページ」より。
- 「万座(まんざ)」と「野中堂(のなかどう)」という2つの環状列石で構成されている。
- 環状列石付近からは土偶や動物形土製品などの祭祀・儀式に関する道具が見つかっている。
- 石を使った日時計の制作など高度な技術を持っていた。

環状列石は祭祀や儀式などで用いられ、当時の祭祀や儀式の在り方を物語っている貴重な遺跡群です。
また環状列石の中心の石と、石でできた日時計の2つは一直線上に並ぶように配置されています。
そしてこの一直線は夏至の日没方向とほぼ一致するのです!

本日の確認テスト


(「世界遺産検定」の概要についてはこちらの資料を参考にしてください)
3・4級レベル
『北海道・北東北の縄文遺跡群』に認められている登録基準として正しいものはどれか。
- (iii)
- (iv)
- (vi)
- (ii)
①
答え(タップ)>>2級レベル
『北海道・北東北の縄文遺跡群』の説明として誤っているものはどれか。
- 1万年以上も農耕をせずに狩猟や漁猟を中心とした生活を送っていた。
- 日本各地に見られる標準的な集落群を形成している。
- 日本の世界遺産としては初めて発掘された考古遺跡だけで構成された登録となった。
- 特徴的な土地や気候に適応した集落を形成していた。
②
答え(タップ)>>1級レベル
竪穴建物からなる住居エリアと土坑墓からなる墓エリアに分かれ、集落が形成され始めた時期に該当する遺跡として正しいものはどれか。
- 垣ノ島遺跡
- 亀ヶ岡石器時代遺跡
- 小牧野遺跡
- 大平山元遺跡
①
答え(タップ)>>まとめ

- 北海道・青森県・岩手県・秋田県の1道3県で構成されるシリアル・ノミネーション・サイト形態の世界遺産!
- 1万年以上も農耕をせずに狩猟や漁労で生活をしてきた痕跡が残る!
- その土地の形状や気候などに適応した集落が形成されていった!
- 「竪穴式住居」や「堀立柱建物」など独特な住居が残されている!
- 祭祀場や儀式場、自然を神として拝める自然崇拝場などのような伝統・文化の痕跡も数多く残されている!
参考文献・注意事項
- 当記事の内容は「世界遺産検定1級公式テキスト<上>」と「世界遺産検定1級公式テキスト<下>」を大いに参考にしています。
- 当記事は100%正しい内容を保証するものではありません。一部誤った記載が存在する可能性があることをあらかじめご了承ください。