こんな方にオススメの内容！
- 危機遺産リスト＆緊急的登録推薦の概要を簡潔にわかるやすく理解したい！
- 危機遺産リストに掲載されている具体的な世界遺産を知りたい！
- 教養として世界遺産に関する知識を身につけたい！
- 世界遺産検定の受験を考えている！
危機遺産のポイント！
- 危機遺産への登録は世界遺産の保護・保全を改めて考え直す機会
- 危機遺産には「確定された危機」「潜在的な危機」の2つに大きく分けられる
- 「緊急的登録推薦」という例外的な世界遺産登録がある
危機遺産とは？危機遺産リストとは？
2015年に発生した大地震によって大きな被害を受け危機遺産登録も検討されたネパールの世界遺産「カトマンズの谷」
まず最初に危機遺産とは、「危機にさらされている文化財や自然」のことを指します。
そして、危機的な状況にされされている遺産を一覧にしたものを「危機遺産リスト」と呼びます。
反対にどんなに危機的な状況と考えられていても、危機遺産リストへの掲載が認められていない場合は危機遺産として扱われません。
それでは危機的状況の定義について
「どんな状態が危機遺産と判定されるのか」
「どのような流れで危機遺産に登録されるのか」
上記を具体例を挙げながらわかりやすく学んでいきましょう。
ちなみに危機遺産リストへの掲載が始まったのは、世界遺産第一号が登録された翌年（1978年）の1979年からになります。
危機遺産リスト掲載の条件
生態系の悪化が原因で2010年に危機遺産登録されたアメリカの「エバーグレーズ国立公園」
危機遺産リストへの掲載の条件は、大きく分けて3つあります。
- 人間の関与により危機からの改善が可能である遺産
- 保全のために大規模な作業が必要である遺産
- 世界遺産条約に基づく援助がその遺産に対して要請されている場合
①に関しては、シンプルに人間が手を差し伸べることにより文化財や自然が、当時の遺産としての価値の輝きを取り戻すことが可能である場合を指します。
反対に人間の手を使っても取り返しのつかない状態や、既に価値が消失してしまっていると判断された場合は、危機遺産リストに登録されるどころか世界遺産リストから抹消されてしまいます。
（世界遺産登録抹消については、後述の「危機遺産リスト掲載後の流れや対応」で詳しく解説します）
②に関しては、明らかに人間の手による大規模な改修や保護活動が必要になったと判断された場合を指します。
反対に、もし世界遺産としての価値が損なわれる程ではない小さな損傷や自然現象である場合は、危機遺産対象にならないケースもあります。
③に関しては、世界遺産条約内で決められている援助の規定の中で、危機遺産リストへの掲載がふさわしいと判断されている場合のことを指します。
（世界遺産条約の詳細はこちらの記事で解説してます）
つまり、あらかじめ決められている遺産保護に関する条件に該当している遺産は、必然的に危機遺産リスト入りもされるのです！
ちなみに、危機遺産リストへの掲載判断は世界遺産委員会が担当しています。
（世界遺産委員会の詳細はこちらの記事で解説してます）
つまり、遺産を保有している国の勝手な判断で危機遺産リストへの掲載はできないのです！
なお、自然や文化財が危機的状況と判断されるポイントは、大きく分けて2つあります。
そのポイントについて、もう少し詳しく見ていきましょう！
危機的な状況①：確定された危機
シリア内戦による影響で2013年に危機遺産登録された「パルミラ遺跡」
「確定された危機」とは文字通り、”既に危険な状況におかれた遺産”などを指します。
【文化遺産】
- 材質の重大な損壊
⇨当時の姿が失われているのでNG！ - 構造あるいは装飾的な特徴の重大な損壊
⇨評価されてた特徴がもう無いのでNG！ - 建築あるいは都市計画の統一性の重大な損壊
⇨近代的なものも混ざってるのでNG！ - 都市あるいは地方の空間、あるいは自然環境の重大な損壊
⇨環境や景観が損なわれているのでNG！ - 歴史的な真正性の重大な欠如
⇨当時の技術や材料が使われてないのでNG！
（真正性に関してはこちらの記事で詳しく解説してます） - 文化的な意義の大きな・法的に遺産保護が定められた根拠となった顕著で普遍的な価値を持つ種で、絶滅の危機に瀕している種やその他の種の個体数が、病気などの自然要因あるいは、密猟・密漁などの人為的要因などによって著しく低下している
⇨貴重な生物が減少orいないのでNG！ - 人間の定住、遺産の大部分が浸水するような貯水池の建設、産業開発や、農薬や肥料の使用を含む農業の発展、大規模な公共事業、採掘、汚染、森林伐採、燃料材の採取などによって、遺産の自然美や学術的価値ご重大な損壊を被っている・境界や上流地域に人間が侵入することにより、遺産の完全性が脅かされる
⇨人の手が加わり過ぎてるのでNG！
【自然遺産】
「確定された危機」に当てはまってしまうと、ほぼ間違いなく危機遺産リストに掲載されてしまいます。
また最悪の場合、危機遺産リストに掲載されて早々に世界遺産リストからの登録抹消になる可能性もあります！
危機的な状況②：潜在的な危機
都市開発による景観の損なわれが懸念され2017年に危機遺産登録されたオーストリアの「ウィーン歴史地区」
「潜在的な危機」とは文字通り、”今後危険な状態になりうる可能性のある遺産”などを指します。
【文化遺産】
- 保護の度合いを弱めるような遺産の法的地位の変化
⇨手抜きの保護はNG！ - 保全政策の欠如
⇨十分な保全がされてないのはNG！ - 地域事業計画による脅威的な影響
⇨遺産を守ることが第一！ - 市街化計画による脅威的な影響
⇨人の手入れはほどほどに！ - 武力紛争の勃発あるいはその恐れ
⇨戦争や紛争の被害に遭ってしまう懸念あり！ - 地質、気象、その他の環境的な要因による漸進的変化
⇨自然災害から守ろう！ - 指定地域の法的な保護状態の変化
⇨手抜きの保護はNG！ - 遺産内か、あるいは遺産に影響が及ぶような場所における再移住計画あるいは開発事業
⇨自然に人の手が入ってはいけない！ - 武力紛争の勃発あるいはその恐れ
⇨紛争に巻き込まれる可能性あり！ - 管理計画が欠如しているか、不適切か、あるいは十分に実施されていない
⇨保護に対する話が当初と違う！
【自然遺産】
「潜在的な危機」に該当する場合は、必ずしもすぐ危機遺産リストに掲載されるわけではありません。
しかし、注意喚起を受けたにも関わらず、保護保全に対する取り組みを行わなかった場合は、危機遺産リストへの掲載が検討されてしまいます。
緊急的登録推薦とは？
周辺の情勢不安により危機遺産登録されている「エルサレム旧市街」
危機遺産リストへの登録は、基本的には既に世界遺産リストへ記載されている遺産の中から選ばれます。
つまり
世界遺産リストへ掲載 ⇨ 危機遺産リストへ掲載
上記のようなステップを踏むのです。
しかし例外として、世界遺産リストへの掲載と同時に危機遺産リストへ掲載されるケースがあります。
このような世界遺産登録を、「緊急的登録推薦」と言います！
ただし、この緊急的登録推薦を受けるための条件が一つあります。
その条件とは、「暫定リストに掲載されていることが大前提」という点です。
たとえ緊急的登録推薦であっても、世界遺産への登録という意味では変わらないので世界遺産に登録される価値が証明されていないといけません！
少なくとも暫定リストに掲載されていれば、世界遺産登録にふさわしい価値や条件を満たしていることになります。
だからこそ通常の登録ステップを踏まずに特別に世界遺産登録が許されるわけです！
もちろん緊急的登録推薦によって世界遺産に登録されたとしても、結局保護活動がうまくいかずに遺産の価値が失われてしまえば、危機遺産リスト、及び世界遺産リストから抹消されてしまいます。
緊急的登録推薦により登録された世界遺産一覧
世界で初めて緊急的登録推薦により世界遺産登録された「ベツレヘム旧市街」の街並み
| 世界遺産名 | 登録年 | 緊急的登録推薦の理由 |
|---|---|---|
| イエス生誕の地：ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路 | 2012年 | 漏水により歴史的建造物が破損する恐れがあり、世界遺産に登録して他国から支援を得て大規模な修復を行う必要があったため。 |
| オリーブとワインの地パレスチナ – エルサレム地方南部バティールの文化的景観 | 2014年 | ヨルダンが建設計画をしている分離壁が完成するとバッティールの農民たちが自分たちの土地に入ることができなくなり、文化的景観が失われてしまうと考えたため。 |
ちなみに2022年時点で、パレスチナの世界遺産は全て緊急的登録推薦によって登録されています！
危機遺産リスト掲載後の流れや対応
一時は危機遺産登録の話が上がっていたオーストラリアの「グレートバリアリーフ」
危機遺産リストへの登録がされた後には、その遺産の保有国が必ずしなければならないことがあります。
世界遺産委員会の協力を得て”保全計画”の作成と実行をすることです！
また危機遺産リストへ掲載されると、下記が認められます
- 世界遺産基金を活用できる
- 世界遺産センターや各国の政府からの財政的・技術的援助を受けられる
（世界遺産基金に関してはこちらの記事を参考にしてみてください）
そして世界遺産委員会には、危機遺産の状況確認のために「リアクティブ・モニタリング」を行い、毎年審議することが義務付けられています。
この審議で危機的状況から脱したと判断されれば、次回の世界遺産委員会にて正式に危機遺産からの脱出が認められます！
反対にさらに危機的状況に陥っていたり、もはや手の打ちどころがないと判断されれば世界遺産リストから抹消される可能性があります。
登録抹消された世界遺産例①：アラビアオリックスの保護区
想像上の動物「ユニコーン」のモデルになったアラビアオリックス
| 登録名称 | アラビアオリックスの保護区 |
|---|---|
| 登録年 | 1994年（登録抹消：2009年） |
| 所在国 | オマーン |
| 登録ジャンル | 自然遺産 |
想像上の動物であるユニコーンのモデルになった「アラビアオリックス」が生息する地域が世界遺産に登録されていました。
しかしこの地域にある油田の資源開発のために、オマーン政府は保護区を1/10に縮小する計画を立てました。
当然ながらこの計画によってアラビアオリックスの保護が困難になると判断したユネスコは一度危機遺産リストに掲載することを決めました。
この危機遺産リストへの掲載という警告に反してオマーン政府は資源開発を優先し、そして実際に保護区を縮小して資源開発が進められたため、世界遺産リストからの抹消が決まったのです！
これが世界で初めての世界遺産リストからの抹消になりました！
「人間の経済活動 ＞ 世界遺産保護」
このような優先順位がついてしまうことで危機遺産リスト入りしてしまい、最悪の場合抹消されてしまうケースがあります。
登録抹消された世界遺産例②：ドレスデン・エルベ渓谷
ドレスデン市内を流れるエルベ川沿いの美しい街並み
| 登録名称 | ドレスデン・エルベ渓谷 |
|---|---|
| 登録年 | 2004年（登録抹消：2009年） |
| 所在国 | ドイツ |
| 登録ジャンル | 文化遺産 |
18〜19世紀に建造された美しいバロック様式の建造物や、「ドイツのフィレンツェ」とも言われるほどドイツ屈指の芸術文化が花開いた美しい景観が評価されて世界遺産に登録されていました。
また、周辺の河川や渓谷と街並みが一体化した景観が美しかったことから、「文化的景観」というジャンルでの評価も受けました。
（文化的景観に関してはこちらの記事をご覧ください）
しかし街の利便性を高めるべく、河川に近代的で大きな橋の建設計画が浮上したことで、2006年に危機遺産リストへの掲載がされました。
そして残念なことに橋の建設が実行されたため、3年後の2009年に世界遺産リストから抹消されてしまったのです。
世界遺産登録への評価は、当時の景観が残っている点で受けることがよくあります。
しかし今回の橋の建設のように、当時の景観が損なわれると判断されてしまうと危機遺産リストに掲載され、建設や工事が実行されれば抹消されてしまうのです。
登録抹消された世界遺産例③：海商都市リヴァプール
ウォーターフロント地区の過度な開発が原因で登録抹消された港湾都市「リバプール」
| 登録名称 | 海商都市リヴァプール |
|---|---|
| 登録年 | 2004年（登録抹消：2021年） |
| 所在国 | イギリス |
| 登録ジャンル | 文化遺産 |
リヴァプールの港は、イギリスが最盛期を迎えた産業革命の時期の海洋交易の拠点として大きく栄えました。
そのイギリスの繁栄を象徴する景観が残されている点が評価されて、世界遺産に登録されたのです。
しかしウォーターフロントでの大規模な再開発計画が持ち上がっていたため、2012年からは危機遺産リストに掲載されていました。
そして2021年の世界遺産委員会において、ウォーターフロントでの再開発が本格的に始動したことを踏まえて世界遺産リストから抹消されてしまいました。
前述に触れた「ドレスデン・エルベ渓谷」と同様に、再開発はかつての景観の価値を損ねてしまう恐れがあるため世界遺産抹消の対象になりやすいところが特徴です。
危機遺産リストに掲載されている世界遺産（一例）
シリアの首都ダマスカスにある「ウマイヤ・モスク」も内戦により危機遺産に登録されている
| 世界遺産名 | 危機遺産登録年 | 危機遺産への登録理由 |
|---|---|---|
| バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群（アフガニスタン） | 2003年（緊急的登録推薦） | アフガニスタンのタリバン政権により貴重な大仏2体が爆破され、石窟の壁面に描かれた仏教画のおよそ8割が失われた。そのためユネスコは世界へ緊急支援を呼びかけるために危機遺産として急遽世界遺産登録をさせた。 |
| エバーグレーズ国立公園（アメリカ） | 2011年 | 国立公園周辺の都市への生活用水として水が引かれた結果水位が低下。一度改善が見られたため危機遺産から脱したが、水質汚染の問題を指摘されたため再び危機遺産に登録。2度も危機遺産登録された珍しい世界遺産。 |
| リオ・プラタノ生物圏保存地域（ホンジュラス） | 2011年 | 1996〜2007年の間にも森林伐採や水産資源の乱獲により一度危機遺産に登録されたが、改善が見られたため解除されていた。しかし、国内治安の悪化により自然保護よりも治安改善に尽力を注がなくてはならなくなったため、保護活動が難しいという理由でホンジュラス政府自ら危機遺産登録を申請した。 |
| 東レンネル（ソロモン諸島） | 2013年 | 森林伐採などにより環境や生態系に悪影響を及ぼし、海岸線の浸食も引き起こしているため。 |
| 古都ダマスカス（シリア） | 2013年 | 2013年から始まったシリア内戦により、世界遺産に登録されている歴史的建造物が次々と破壊されて登録当時の景観と大きく異なってきているため。また保護保全活動ができない状況に陥っているため。 |
| ガランバ国立公園（コンゴ民主共和国） | 1996年 | 密猟が横行した結果、国立公園内に生息するキタシロサイが激減したため。現在キタシロサイは絶滅危惧種に指定されている。 |
エリア別の危機遺産の特徴として
まずアフリカ・中東にある世界遺産は紛争や政情不安による遺産の損傷や保護活動ができない点で危機遺産登録されるケースが多いです。
ヨーロッパだと美しい景観が損なわれる懸念が出る近代的な建物の建設によって危機遺産登録されるケースが多いです。
このように地域によって危機遺産に登録されやすい遺産の特徴があったりするので、地域別に危機遺産を勉強してみると共通点が見つけられるかもしれませんね！
本日の確認テスト
（「世界遺産検定」の概要についてはこちらの資料を参考にしてください）
3,4級レベル
危機遺産に登録される遺産の状況の組み合わせとして正しいものを選びなさい。
- 「偶発的な危機」×「潜在的な危機」
- 「確定された危機」×「潜在的な危機」
- 「偶発的な危機」×「論理的な危機」
- 「確定された危機」×「論理的な危機」
②
答え（タップ）>>2級レベル
2021年時点で危機遺産に登録されているものとして誤っているものを選びなさい。
- 古代都市ダマスクス
- リオ・プラタノ生物圏保存地域
- セレンゲティ国立公園
- バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群
③
答え（タップ）>>1級レベル
危機遺産に関連する説明として正しいものを選びなさい。
- 危機遺産リストへの掲載は世界遺産センターが担当している。
- 危機遺産リストへ掲載されると原則として自国で改善に努めなくてはならない。
- 2021年時点で登録が抹消された世界遺産は文化遺産と自然遺産の各1件ずつである。
- 通常の世界遺産登録の手順を踏まずに登録されることを「臨時的登録推薦」という。
③
答え（タップ）>>まとめ
- 危機遺産とは危機的な状況に置かれている世界遺産に登録された文化財や自然のこと指す！
- 危機遺産は「確定された危機」と「潜在的な危機」の２つに分けられる！
- 通常の登録手順を踏まずに世界遺産に登録されることを「緊急的登録推薦」という！
- これまでに世界遺産リストから抹消されたのは「アラビアオリックスの保護区」と「ドレスデン・エルベ渓谷」の2つ！
参考文献・注意事項
- 当記事の内容は「世界遺産検定1級公式テキスト＜上＞」と「世界遺産検定1級公式テキスト＜下＞」を大いに参考にしています。
- 当記事は100％正しい内容を保証するものではありません。一部誤った記載が存在する可能性があることをあらかじめご了承ください。