【富岡製糸場と絹産業遺産群】養蚕業の歴史&世界遺産登録理由をわかりやすく解説!

こんな方にオススメの内容!

  • なぜ富岡製糸場が世界遺産に登録されたのか理由が気になる!
  • 教養として世界遺産に関する知識を身につけたい!
  • 世界遺産検定の受験を考えている!
  • 日本の産業遺産に興味関心がある!
  • 次の旅行先の候補地を探している!

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ ブルートラベラー 青野真
今回は「富岡製糸場」についておもしろ&わかりやすく学んでいきましょう!

あまり知らない世界遺産だからこそ気になることがたくさんあってワクワクする!
おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ レオンくん

遺産ポイント

  1. フランスから「ポール・ブリュナ」を連れてきたことにより本格的に富岡製糸場の建設と器械技術の導入が進んだ!
  2. 日本と西洋の建築様式が混ざった「木骨レンガ造」や空間を広く取るための「トラス構造」などを採用した特徴的な建築物!
  3. 清涼法」「清温法」など日本の伝統的な蚕の飼育法は健在!

「富岡製糸場」のプロフィール

登録名称富岡製糸場と絹産業遺産群
登録年2014年
所在国日本(群馬県)
登録ジャンル文化遺産
登録基準(ii)(iv)

「鎖国⇨近代化」の原動力となった生糸産業発展の歴史

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ 富岡製糸場 「鎖国⇨近代化」の原動力となった生糸産業発展の歴史

富岡製糸場は国指定の史跡・重要文化財に登録されている

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ ブルートラベラー 青野真
富岡製糸場の歴史を理解することで明治以降の日本近代化の背景を知ることができるよ!

そんなに富岡製糸場は日本に大貢献したんだね!なおさら歴史が気になる!
おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ レオンくん

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まずはなぜ日本が近代化を目指すことにしたのかを富岡製糸場の役割と絡めながら伝えるね!

近代化を目指す日本の原動力!

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ 富岡製糸場 近代化を目指す日本の原動力!

富岡製糸場が建てられる前の江戸時代の日本は、海外との交流を一切断つ”鎖国”状態でした。

この政策は、日本独自の伝統を育む環境をつくるという面では良いのですが、世界の文化を取り入れないため、世界基準から遅れてしまう可能性がある懸念があります。

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鎖国の影響で日本は最新の技術や道具を海外から取り入れることができてなかったんだ!

つまり日本は世界基準から遅れていたんだね(焦)
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しかしここで当時の明治政府は動きます。

具体的な動きの一つとして、日本の名産である”生糸”を海外にどんどん輸出していこうというものでした!

ただその当時の日本は、伝統的な養蚕(ようさん)技術で生産していたため、海外から最新の器械製糸技術を導入してさらなる生産性と品質の向上を目指したのです!

ちなみに「養蚕(ようさん)」とは生糸の原料である「蚕(かいこ)」から絹糸を作る産業のことを指します!
おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ レオンくん

器械技術を取り入れずに継続して伝統的な技術だけをを使っていた日本の生糸は、世界的にも評判があまり良くなく生産量が次第に落ちていってました。

だからこそ本格的に輸出を試みるこのタイミングで、技術的な改革が必要になったわけです!

ちなみに輸出品として生糸が挙げられた理由としては、明治政府が掲げていた「富国強兵・殖産興業」の中の主要産業の中に生糸が入っていたからです。

そして明治以降に、日本の本格的な海外との交流や貿易が始まりました!

ポール・ブリュナを連れて製糸場建設へ!

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ 富岡製糸場 ポール・ブリュナを連れて製糸場建設へ!
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ただここで「どのように技術を導入するか」「どういった工場を建てるか」という問題が出てきました!

確かに直近まで鎖国していたから導入手順などがわからないよね(焦)
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そこでフランスからとある人物を日本に連れてきたのです!

富岡製糸場の建設において重要な人物が、フランスからやってきたポール・ブリュナです!

彼は生糸の技術者として世界的にも有名だったため、彼の来日が日本にとっては大きな転機となったのです。

器械製糸技術の導入から工場の建設までを指導してくれました。

フランスから富岡に伝わった技術などは、その後富岡製糸場で働いていた女性(工女)が指導者の立場に立ち始め日本各地へと広まっていったのです。

こうして富岡製糸場だけでなく日本全国で生糸の生産が本格的に稼働し、鎖国時代よりも高品質な生糸を大量生産させることに成功しました!

海外からの技術を惜しまずに積極的に取り入れた典型的な成功事例だね!
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生糸工場の建設地として富岡が選ばれた理由

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ 富岡製糸場 生糸工場の建設地として富岡が選ばれた理由
思ったんだけどなんで生糸の生産地として富岡が選ばれたの?
おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ レオンくん

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良い質問ですね!わかりやすく解説するね!

生糸産業に拠点として最初に富岡が選ばれた理由は、大きく分けて下記の4点です。

  1. 原料となる繭(まゆ)が入手しやすかった
  2. 大きな工場を建設するのに十分な広い土地を確保できた
  3. 製造に必須な良質な水を大量に確保できる環境だった
  4. そもそも伝統的に養蚕が盛んな地域だった

確かにこんなにも好条件が揃っているなら富岡一択だね!
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ちなみに他の産業遺産もこのような環境による好条件を満たしているからその土地で発展していった傾向が強いです!

何を始めるにも好条件な環境を見極める力は必要だね!
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富岡製糸場の終焉

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海外との交易を開始して以降富岡製糸場は順風満帆に感じるけど、今はどうなってるの?
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実は今は稼働していないんだ。

なんだって!?
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富岡製糸場は、明治時代以降も順調に生産量を増やしていってました。

しかし19世紀末に民間の事業者へ運営の手が渡ってから、次第に生産量が減少していったのです。

生糸の生産量が減った大きな要因が、「化学繊維の普及」です!

つまり、生糸に頼る必要がなくなっていったのです。

どんどん生糸の価格は下落していき、ついに1987年に富岡製糸場は操業を停止することになりました。

歴史の流れを感じるとはまさしくこういうことだね!
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技術交流&技術革新が世界遺産としての価値に!

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ 富岡製糸場 技術交流&技術革新が世界遺産としての価値に!
富岡製糸場の歴史はなんとなく分かったんだけど、そもそも何で世界遺産に登録されることになったの?
おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ レオンくん

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ ブルートラベラー 青野真
そこは気になるところだよね!産業遺産は世界遺産に登録された理由がちょっとわかりづらいからね(汗)

ここまでで触れてきた内容からちょっと想像がつくと思いますが、富岡製糸場は生糸の生産拠点として世界的に有名になったことに加え、海外との技術交流・技術革新の拠点となった重要な資料が残っている点に、世界遺産としての価値があるとして登録されました!

だから海外との交流による発展で満たされやすい世界遺産の登録基準(ii)が該当するんだね!
おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ レオンくん

富岡製糸場は、日本の近代化&海外との交流の象徴的な施設なのです!

また、海外の技術と日本独自の伝統技術が融合したその事実も評価対象になりました。

建築様式&技術から見る富岡製糸場の価値

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ 富岡製糸場 建築様式&技術から見る富岡製糸場の価値

富岡製糸場で働く従業員の居住施設

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富岡製糸場が世界遺産に登録された理由は何も技術的な交流だけではないんだ!

へー!他にはどのような理由があったのか気になる!
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日本ならではの”和洋折衷”な造りの工場

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ 富岡製糸場 日本ならではの”和洋折衷”な造りの工場

木造とレンガが組み合わさって造られている

ちょっと待って!そもそも「和洋折衷(わようせっちゅう)」ってなにさ(焦)
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簡単に言うと日本と西洋の文化・様式を混ぜて取り入れることだよ!

なるほど!つまり僕が大好きな抹茶味(日本)のマカロン(洋菓子)みたいなことかな?
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その例がわかりやすいならその認識でいいよ(笑)

富岡製糸場を建設する際には西洋の技術や建築様式も積極的に取り入れました。

ただ単純に取り入れるだけでなく、日本の伝統的様式もおり混ぜて(これこそ和洋折衷)独特な様式で建てられた工場が誕生したのです。

具体的には、「木骨レンガ造」という様式が採用されました!

この様式のイメージは下記になります。

  • 日本:日本古来の木造の柱を利用
  • 西洋:西洋で主流のレンガ造で壁を強化

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ちなみにレンガ造りは日本の瓦職人の手によってつくられました!

さらに大量の生糸を生産するためには、工場の空間を広く確保する必要がありました。

そこで柱を少なくして三角形を基本とする「トラス構造」の屋根が採用されたのです。

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こういった日本独自の産業建築様式を示した重要な建物という点でも世界遺産に値すると称されたのです!

建築様式や技術に関する評価は世界遺産登録基準の(iv)に該当するね!
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富岡製糸場で生まれた蚕の育成スタイル

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近代化を図った日本ですが日本の伝統的な蚕の育成方法も評価対象になったのです!

具体的にどんな育成方法があったのかな?
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日本の伝統的な蚕の育成方法は下記の建物でそれぞれ育まれていきました。

田島弥平旧宅(たじまやへいきゅうたく):清涼法

  • 蚕の飼育・採取をしていた養蚕農家
  • 家主の「田島弥平」が風通しの良さを重視した蚕の飼育法である「清涼法」を確立
  • 換気のために「越し屋根」という構造を採用

高山社跡(たかやましゃあと):清温法

  • 「高山長五郎」の生家
  • 風通しと温度管理を調和させた「清温法」という蚕の飼育法を確立(日本の標準養蚕法となった)

荒船風穴(あらふねふうけつ)

  • 国内最大の蚕の卵の貯蔵施設
  • 岩の隙間から吹き出す冷風を利用した清風管理技術を確立(今までの年一の収穫から一年で複数回の収穫が可能となった

本日の確認テスト

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ 富岡製糸場

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今後「世界遺産検定」の受験を考えている方はぜひ下記の問題にトライしてみてください!

今回学んだことの復習を兼ねてやってみるのもいいよね!
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(「世界遺産検定」の概要についてはこちらの資料を参考にしてください)

3, 4級レベル

富岡製糸場の施設建設や技術導入に携わった人物として正しいものを選びなさい。

  1. ブルーノ・タウト
  2. ポール・ブリュナ
  3. ヤン・レツル
  4. トーマス・グラバー

答え(タップ)>>

2級レベル

製糸場の建設地として富岡が選ばれた理由として誤っているものを選びなさい。

  1. 労働に必要な人材の確保が容易だった。
  2. 製造に必須な良質な水を大量に確保できる環境だった。
  3. そもそも伝統的に養蚕が盛んな地域だった。
  4. 大きな工場を建設するのに十分な広い土地を確保できた。

答え(タップ)>>

1級レベル

富岡製糸場の説明として正しいものを選びなさい。

  1. 富岡製糸場は世界遺産登録基準の(vi)が適用されている。
  2. 富岡製糸場を建設する際には西洋と日本の建築様式が混ざった「ゼツェッション様式」が採用された。
  3. 田島弥平旧宅(たじまやへいきゅうたく)では風通しの良さを重視した蚕の飼育法である「清涼法」が確立された。
  4. 富岡製糸場の操業が停止した大きな要因は富岡の街の過疎化による労働者不足である。

答え(タップ)>>

「富岡製糸場」のまとめ

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ 富岡製糸場
  • 明治政府が掲げていた「富国強兵・殖産興業」の中の主要産業の中に生糸が入っていたため生産に力を入れた!
  • 海外から器械製技術の導入をして生糸の生産量と品質を上げるためにフランスから「ポール・ブリュナ」を招集した!
  • 富岡製糸場は西洋と日本の様式を取り入れた「木骨レンガ造」が取り入れられている!
  • 田島弥平旧宅では「清涼法」、高山社跡では「清温法」という蚕の飼育法が確立された!
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おまけ:製糸場の名前は頻繁に変わっていた!?

おもしろわかる!世界遺産ユニバーシティ 富岡製糸場 製糸場の名前は頻繁に変わっていた!?

世界遺産の登録名称には、「富岡製糸場と絹産業遺産群」のように”富岡製糸場”と書かれています。

しかし、製糸場の名前は時代とともにコロコロ変わってました。

1876年富岡製糸所
1909年原富岡製糸所
1938年株式会社富岡製糸所
1939年片倉富岡製糸所
1946年片倉工業株式会社富岡工場

なお現在、富岡製糸場は重要文化財に指定されているのですが、重要文化財の登録名称は「旧富岡製糸場」になってます。

このように時代によって名称が変わるケースはよくあります。

また、名称からその時の時代背景を見ることができるので、建物の名前は本当に奥が深いのです!

参考文献・注意事項