こんな方にオススメの内容!
- なぜ「エルサレムの旧市街」が世界遺産に登録されたのか理由が気になる!
- どうしてエルサレムがユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地になったのか理由を知りたい!
- 教養として世界遺産に関する知識を身につけたい!
- 世界遺産検定の受験を考えている!
- イスラエルへの旅行を考えている!
- イスラエルとその周辺の情勢を知りたい!
遺産ポイント
- 「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」の3つの宗教の聖地!
- 「岩のドーム」「嘆きの壁」など様々な宗教に関連する建物が今も残る!
- 遺産保有国が存在しない唯一の世界遺産!
「エルサレムの旧市街」のプロフィール
登録名称 | エルサレムの旧市街とその城壁群 |
---|---|
登録年 | 1981年 |
所在国 | イスラエル ※ただし、諸事情で遺産保有国は無し。 |
登録ジャンル | 文化遺産 |
登録基準 | (ii)(iii)(vi) |
世界遺産登録名称をわかりやすく解説
エルサレム旧市街の様子
- エルサレム:イスラエルが主張するイスラエルの首都
- 旧市街:エルサレムの旧市街が世界遺産登録対象
- その城壁群:旧市街(そのが指す対象)を囲むように建てられている城壁
つまり、世界遺産登録範囲は城壁に囲まれた旧市街エリアということになります。
エルサレムは歴史上、様々な宗教や国による領土争いが繰り広げられてきた都市です。
さらになんと現在もエルサレムの領土を巡って頻繁に争いが起きているのです!
そんな争いに備えて、敵国からの攻撃を防ぐために分厚い城壁が作られていきました。
また、旧市街内部にも一部城壁を見ることができます。
この城壁は、それぞれの宗教のエリアを区別するために残されたものです。
城壁は四角形に建てられており、1辺の長さは約4kmです。
つまり、城壁の全長は約4km(1km×4辺)ということになります。
この1辺1km四方のとても広いとは言えない空間に、なんと3つの宗教が混在して、今もなお生活していると聞くと驚きですよね!
そして、このエルサレムという小さな地域に複数の宗教が拠点として活動していた歴史こそ、エルサレムの旧市街が世界遺産に登録されたことに大きく関係してくるのです!
世界遺産に登録された理由
イスラム教の神聖な建物「岩のドーム」
エルサレムの旧市街が世界遺産に登録された最大のポイントは、下記になります。
古来から3つの宗教の聖地として発展した
その3つの宗教とは下記を指します。
- ユダヤ教
- キリスト教
- イスラム教
上から順にこの世に誕生した宗教で、エルサレムを聖地として定めた順番も同じです。
そしてエルサレムには、「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」3つの宗教に関連する建物や遺跡が残されています。
そう、1つの都市に複数の宗教に関連する文化財が点在している、世界的に見ても非常に珍しい街こそエルサレムなのです!
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地として繁栄
エルサレム旧市街の様子
エルサレムの旧市街が世界遺産に登録された最大の要因と言っても過言ではないのが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地として繁栄した歴史が刻まれている点です!
誤解のないように、この歴史のポイントをまとめると下記になります。
単純に3つの宗教の人々が生活しているだけではなく、3つの宗教の神様と創始者が大きく関わっている重要拠点である
宗教 | 神様 | 創始者(宗教をつくった人) |
---|---|---|
ユダヤ教 | ヤハウェ | モーセ |
キリスト教 | ゴッド | イエス |
イスラム教 | アッラー | ムハンマド |
全長約4kmの城壁に囲まれた旧市街という狭いエリアに、異なる複数の宗教の文化が混在している街は、世界中探してもなかなかありません。
ただし、残念ながら3つの宗教が仲良くエルサレムの街を共有していたわけではありません。
エルサレムを巡って、数千年前から現在にいたるまで頻繁に紛争が発生しているのが事実です。
”ユダヤ教”がエルサレムを支配していた時代
「嘆きの壁」にお祈りを捧げるユダヤ教の人
今から約3000年前(紀元前1000年頃)にエルサレムを拠点として活動をしていた宗教はユダヤ教です。
つまり、3つの宗教の中で最も歴史の長い宗教がユダヤ教ということになります。
ユダヤ人はエルサレムの中心にあるモリヤの丘に、「エルサレム神殿」を建設しました。
その神殿内部には、ユダヤ人の行動ルールが記された「十戒(じっかい)」というものが納められています。
そしてエルサレム神殿の周辺には、ユダヤ人が作った市街地が形成されていきました。
しかし、紀元前約60年頃(今から約2100年前)にユダヤ教はエルサレムから追い出されてしまいます。
”キリスト教”がエルサレムを支配していた時代
ユダヤ教を追い出して、次にエルサレムを支配した宗教はキリスト教です。
まずキリスト教は、ユダヤ人の建てたエルサレム神殿を破壊しました。
その後もユダヤ人の街を攻撃し、ついにユダヤ教はエルサレムから追い出されることになります。
キリスト教いわくエルサレムにある「ゴルゴタの丘」は、キリスト教の創始者である「イエス」が十字架の刑に処された場所なのです。
そんな神聖な場所を他の宗教に占領されていてはたまらなかったわけです。
そして、キリスト教はエルサレムの地を手に入れた後、イエスの眠るゴルゴタの丘に「聖墳墓教会(せいふんぼきょうかい)」を建てました。
こうしてエルサレムはキリスト教が支配する都市へとなったのです。
(聖墳墓教会の詳細に関しては後述してます)
”イスラム教”がエルサレムを支配していた時代
エルサレムはキリスト教が支配する地で治まると思いきや、まだ宗教間でのトラブルは終わりませんでした。
次は、イスラム教がキリスト教を攻めたのです!
イスラム教がエルサレムを自分たちの聖地と言い張る理由は、イスラム教の創始者であるムハンマドが天に召された地こそエルサレムだったからです!
もともとイスラム教の聖地は、現在のサウジアラビアにある「メッカ」という街でした。
しかしイスラム教の神様の教えによって、ムハンマドはメッカを離れてエルサレムへ移動します。
そしてムハンマドは、エルサレムの地で最後を迎えたのです。
エルサレムの旧市街を囲う巨大な城壁
ムハンマドが天に召された地であるため、イスラム教の人々はエルサレムを神聖な地と意識しているのです。
638年に、当時キリスト教が支配していたエルサレムを、イスラム教の軍隊が攻めました。
もちろんこの争いに勝利したのはイスラム軍です。
こうしてエルサレムはイスラム教が支配する地になりました。
その後、一時期はキリスト教がエルサレムを支配しましたが、再度イスラム教が支配し、20世紀初頭までエルサレムはイスラム教が支配する地となりました。
3つの宗教の重要な建造物・遺跡が残る
エルサレム旧市街の入り口の一つ「ダマスカスの門」
前述の「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地として繁栄」の話を理解できれば、「なぜエルサレムに複数の宗教の歴史が刻まれているのか」、という理由がわかったかと思います。
そして、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教それぞれの宗教に関連する建物や遺跡は現在の旧市街で見ることができるのです!
現在も残る3つの宗教それぞれの代表的な建物としては、下記が挙げられます。
- ユダヤ教:嘆きの壁
- キリスト教:聖墳墓教会
- イスラム教:岩のドーム(黄金のドーム)
さらに驚くことに、上記3つの宗教関連の建物は隣り合うようにして建っているのです!
つまり、3つの宗教に関連する建物を一度に見ることができる、世にも珍しい街こそエルサレムの特徴なのです。
嘆きの壁
かつてのユダヤ教神殿の外壁「嘆きの壁」
- ユダヤ人が建てた「エルサレム神殿」の残骸の一部
- ユダヤ人がエルサレムに来た際にお祈りを捧げる神聖な壁
前述の「”キリスト教”がエルサレムを支配していた時代」で触れた、キリスト教が破壊したエルサレム神殿の残骸の一部が現在も壁として残っています。
その壁こそ「嘆きの壁」です。
現在のエルサレム旧市街では、ユダヤ教に関連する歴史的建造物はあまり多く残っていません。
だからこそ、ユダヤ教が建造したエルサレム神殿の壁は、ユダヤ人にとって非常に神聖な壁になっているのです!
聖墳墓教会(せいふんぼきょうかい)
キリスト教の創始者「イエス」が眠るとされる「聖墳墓教会」
- イエスが眠っているとされている地に建造された教会
- 十字軍による落書きが見られる
キリスト教の創始者イエスが眠る地に建造された教会が「聖墳墓教会」です。
教会内部にはさらに小さな建物が建てられており、その小さな建物の中にイエスのお墓があります。
しかし一説によると、イエスは教会が建てられた地には眠っていないとされているのです!
イエスがお墓に眠って数日後に、なんとお墓が空っぽになっていたという話があります。
そしてイエスは、同じくエルサレムにある「オリーブの山」から天に召されたというのです。
また、エルサレムがイスラム教に支配された後に、一時期キリスト教がエルサレムを取り戻そうと、十字軍という軍隊を結成しました。
最終的には十字軍は敗れてイスラム教からエルサレムを奪うことはできませんでしたが、キリスト教がエルサレムに再び来た証として、聖墳墓教会の壁に十字の落書きをたくさん残していきました。
なお、この十字軍によるイスラム教への攻撃が大きな火種となって、さらにキリスト教とイスラム教の仲は悪化していきます。
岩のドーム(黄金のドーム)
ムハンマドが天に召された際に利用された岩が残されている「岩のドーム」
- ムハンマドが天に召された地に建造されたドーム
- ドームが黄金色に輝いているため別名「黄金のドーム」と言われている
イスラム教の創始者ムハンマドが、天に召された際に飛び立った岩が残されている地に大きなドームを建造しました。
つまり、ドームが岩でできているわけではなく、岩を囲うようにドーム建造されたため「岩のドーム」と呼ばれているのです!
この岩のドームは、ユダヤ教の人々が生活する旧市街の中の「ユダヤ教徒地区」のすぐ隣にあります。
このことからもわかる通り、異なる宗教が隣接するように混在する街の姿こそエルサレムの特徴なのです。
なお下記の書籍では、今回解説したエルサレムの歴史や街の特徴をよりわかりやすく簡潔に解説してます。
気になる方は、ぜひ一度手に取って読んでみてください。
- 商品名:謎多き建造物と隠された真実 世界遺産ミステリー
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危機遺産リストに登録された理由
エルサレムの旧市街が危機遺産リストに登録されている原因は、下記の4つに分けられます。
- 度重なる紛争
- 急速な都市開発
- 観光客増加による被害
- 歴史的建造物の管理に必要な費用の不足
さらに上記4つの中でも、特に危機遺産登録に大きく影響してしまっているのが紛争です。
その紛争は「イスラエル・パレスチナ問題」です!
「イスラエル・パレスチナ問題」とは、エルサレムの地を巡るイスラエルとパレスチナの2カ国間による領土の奪い合いです。
両国による争いは現在でも続き、世界遺産に登録されている旧市街近辺で発生していることから、危機遺産リストに登録されています。
賑わいを見せるエルサレム市内のマーケットの様子
ただ、現在のイスラエル・パレスチナ紛争以前にも、エルサレムは第一次〜四次中東戦争の舞台になってました。
まず1回目の中東戦争の結果によって、エルサレムの旧市街は2カ国が所有することになりました。
- 西側:イスラエル
- 東側:ヨルダン
しかし3回目の中東戦争以降は、東西両方ともイスラエルが占領しています。
このイスラエル占領の状況が今も続いているからこそ、イスラエル側はエルサレムは自分たちの領土だと主張し続けているのです!
その結果、エルサレムを自国の領土と主張するイスラエルに対して、パレスチナを含む近隣の中東・アフリカ諸国は起こっているのです。
今後、現在も続いているイスラエル・パレスチナ間の争いが激化する可能性があります。
さらに、その他の中東諸国を巻き込んだ大きな中東戦争が再発する可能性も考えられます。
つまり、エルサレムの旧市街やその周辺が、いつ激しい戦場になってもおかしくないため、世界遺産登録して保護しようと考えられたのです。
そして案の定、エルサレムの旧市街が世界遺産に登録された1981年の翌年に、(ある意味予定通りに)危機遺産リスト入りすることになりました。
なぜイスラエルではなくヨルダンによる世界遺産申請!?
世界遺産『エルサレムの旧市街とその城壁群』は、なんとエルサレムの領土を主張しているイスラエルによる世界遺産申請ではありません。
イスラエルではなく隣国のヨルダンによる世界遺産申請なのです!
遺産が所在するイスラエルではなく、隣国のヨルダンが代理で申請をした理由は下記になります。
イスラエルの情勢が不安定すぎて世界遺産申請どころではなかったため
イスラエルに世界遺産申請の余裕がない状況を見て、かつてエルサレムを領土としていた歴史を持つ、隣国のヨルダンが代理申請をしました。
ただし、ヨルダンはあくまでも世界遺産申請を代わりに行っただけです。
そのためヨルダンが世界遺産『エルサレムの旧市街とその城壁群』を持っていることにはなりません。
また、世界遺産申請をしていないイスラエルの世界遺産にもカウントされません。
そう、『エルサレムの旧市街とその城壁群』は、どこの国も保有しない唯一の世界遺産なのです!
本日の確認テスト
(「世界遺産検定」の概要についてはこちらの資料を参考にしてください)
3・4級レベル
エルサレムを聖地にしている宗教として誤っているものはどれか。
- キリスト教
- イスラム教
- ヒンドゥー教
- ユダヤ教
③
答え(タップ)>>2級レベル
エルサレムに所在する建物の名称として誤っているものはどれか。
- ユピテル神殿
- 聖墳墓教会
- 嘆きの壁
- 岩のドーム
①
答え(タップ)>>1級レベル
『エルサレムの旧市街とその城壁群』の説明として正しいものはどれか。
- 9世紀にイスラム教の創始者をまつる「アブラハム・モスク」が建造された。
- ユダヤ人は「パルテノン神殿」を建造しエルサレムが自分たちの領土であることを主張した。
- 日本の政府開発援助によって「エルサレム博物館」が開館した。
- 領土を持つイスラエルではなくヨルダンが世界遺産申請をしたため遺産保有国が存在しない。
④
答え(タップ)>>まとめ
- エルサレムは「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」3つの宗教の聖地。
- ユダヤ教が建てたエルサレム神殿の残骸として「嘆きの壁」が残っている。
- 「聖墳墓教会」にはキリスト教の創始者イエスが眠る。
- ムハンマドが天に召された場所は「岩のドーム」として保護されている。
- イスラエル情勢が不安定なため世界遺産申請は代理でヨルダンが務めた。
- 『エルサレムの旧市街とその城壁群』は遺産保有国が存在しない唯一の世界遺産。
おまけ:「エルサレム」のプチ観光情報
高層ビルが立ち並ぶイスラエル観光の玄関都市「テルアビブ」
人口 | 約90万人 |
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最寄の空港 | ベン・グリオン国際空港 |
通貨 | 新シェケル |
観光のベストシーズン | 3〜5月、10〜11月 |
時差 | 6時間(東京 – エルサレム間) ※日本の方が6時間進んでます。 |
治安 | 普通 |
物価 | 日本とほぼ同じ |
イスラエルと周辺の中東諸国との間では緊張が走っているため、アクセスとして最も効率的な中東経由でのイスラエル入国は難しい状況です。
そのため、基本的にはヨーロッパやアジアの都市を経由して入国することになります。
(2022年時点で、日本からの直行便は就航していない)
また、エルサレムには大きな空港が無いため、イスラエル最大の都市「テルアビブ」の空港を経由し、陸路はイスラエルの鉄道を利用することになります。
- 日本各都市の空港 ⇨ ヨーロッパ各都市(フランクフルト、他) or アジア各都市(香港、他) ⇨ ベン・グリオン国際空港(フライト時間:15〜19時間)
- テルアビブ市内の各主要駅 ⇨ エルサレム・イツハク・ナボン駅(所要時間:約1時間)
イスラエル国内の鉄道網は非常にシンプルなため、テルアビブの各主要駅からエルサレム行きの電車を見つけるだけで、比較的簡単にアクセスができます。
鉄道の所要時間は約1時間と短く、日本で言うところの東京から箱根へ出かけるぐらいの感覚でアクセスが可能です!
エルサレム観光はできるの?
ライトアップされた「嘆きの壁」
結論から言うと、エルサレムの観光は可能です!
メディアで「イスラエル・パレスチナ問題」がよく取り上げられ、イスラエルの情勢がかなり不安定に思われがちですが、渡航ができないほど常にエルサレムで紛争が発生しているわけではありません。
ただし、エルサレム(イスラエル全土に言える)を観光する場合は、下記のような注意点があります。
- エルサレムに隣接するパレスチナとの国境付近には不用意に近づかない(特にガザ地区)。
- いつでも身分を証明できるように常にパスポートを手元に準備しておく。
- イスラエルと仲の悪い国への渡航は控える。
言うまでもなく、現在でもイスラエルとパレスチナの間では緊張が走ってます。
そのため、不用意なパレスチナへの入国は控えたほうがいいでしょう。
(パレスチナへの渡航自体はできます)
かつて岩山に巨大な宮殿が築かれていた「マサダ国立公園」
また、イスラエル周辺の国の中には、イスラエルを敵対視している国がいくつかあります。
そのため、イスラエルに入国するとその後別の国への入国が困難になることがありますので、事前にイスラエルとの関係が悪化している国も調べておきましょう。
一方で、エルサレムから離れた(国連が定める)首都のテルアビブやアッコといった街の観光は、エルサレム観光ほど危機感を持つ必要はありません。
エルサレムを含み、イスラエルは観光という面では非常に魅力にあふれています。
ですので、事前に情報を収集しつつ、安全な旅行を徹底して観光を楽しんでみてください!
エルサレム以外のイスラエルの主な観光地
イスラエルの人気観光地「死海」
イスラエルには、今回紹介したエルサレム以外にも魅力的な観光地が数多くあります。
- 死海
- テルアビブ
- アッコの旧市街
- マサダ
中でも「死海(しかい)」は、世界的にも知名度の高いイスラエルの大人気観光地です。
塩分濃度の高い湖に入れば自然と体が浮き、浮遊体験を楽しむことができます。
イスラエル最大の都市テルアビブは、エルサレムとは異なり近代的な街並みが広がり、ショッピングや食事を楽しむ観光客で賑わっています。
またビーチに面していることから、イスラエルの人気リゾート地としても有名です。
参考文献・注意事項
- 当記事の内容は「世界遺産検定1級公式テキスト<上>」と「世界遺産検定1級公式テキスト<下>」を大いに参考にしています。
- 当記事は100%正しい内容を保証するものではありません。一部誤った記載が存在する可能性があることをあらかじめご了承ください。