こんな方にオススメの内容!
- なぜゴレ島が”負の遺産”として世界遺産に登録されたのか理由が気になる!
- 教養として世界遺産に関する知識を身につけたい!
- 世界遺産検定の受験を考えている!
- アフリカや三角貿易に関する歴史に興味関心がある!
- アフリカへの渡航を考えている!


遺産ポイント
- 負の遺産として登録された最大の要因は大西洋で行われていた「奴隷貿易」の歴史!
- アフリカ大陸からアメリカ大陸へ送られた奴隷はヨーロッパの人々のための労働力として扱われていた!
- 平和を取り戻した現在のゴレ島には今もなお「奴隷の家」「エストレ要塞」などの奴隷貿易時代の建造物が残っている!
「ゴレ島」のプロフィール
登録名称 | ゴレ島 |
---|---|
登録年 | 1978年 |
所在国 | セネガル |
登録ジャンル | 文化遺産(負の遺産) |
登録基準 | (vi) |
備考 | 初代の遺産(1978年登録) |
ゴレ島が”負の歴史”を刻むことになった理由は「奴隷貿易」が関係

上空から見たゴレ島の全体(対岸に見えるのがアフリカ大陸)
まず「ゴレ島」とは、アフリカの国セネガルの首都ダカールの沖合約3kmほどのところに位置する島です。
日本国内ではあまり知られていない名前の島ですが、人間として生まれてきた以上、この島の歴史については知っておくべきことがたくさんあります。
特にかつてゴレ島で行われていた「奴隷貿易」の歴史については、未来の人類の教訓とするためにも、国籍とか性別とか関係なく理解しておきましょう!


ゴレ島は最初は無人島だった!?

奴隷貿易が盛んだった時代に建てられた建造物が今も島に残る
冒頭でも触れたように、ゴレ島は奴隷貿易の拠点として繁栄した歴史があります。
しかし、1444年にポルトガル人に発見されるまでは無人島だったのです!
ゴレ島に関するよくある誤解として
「ゴレ島に暮らしていた住民が奴隷貿易の被害にあった」
と考えている人がよくいますが、ゴレ島はあくまでも無人島の状態から開拓されたため住民は存在しません。

ちなみに、初めてゴレ島に上陸したポルトガル人はこの島を「パルマ島」と名づけました。
そしてポルトガル人が上陸したこの時からゴレ島は、奴隷貿易を中心とした交易で栄えていくことになります。

ゴレ島を支配するヨーロッパ諸国の歴史

ゴレ島で数多くみられるオレンジ屋根の家屋
前述の「ゴレ島は最初は無人島だった!?」でも触れたように、無人島だったゴレ島に一番最初に上陸したのがポルトガルでした。
そしてその後は、他のヨーロッパ諸国もゴレ島に上陸をし始めます。
つまり、ゴレ島の支配権をめぐってヨーロッパの国々が争っていたのです。
なおゴレ島の支配下の歴史は下記のようになってます。
支配国 | |
---|---|
15世紀 | ポルトガル |
16世紀 | オランダ |
17世紀前半 | イングランド |
17世紀後半 | オランダ |
18世紀初頭 | フランス |
18世紀半ば | イングランド |
18世紀末 | フランス |
20世紀 | セネガル共和国の誕生(独立) |



ゴレ島はアフリカの北西部に位置します。
つまりヨーロッパから比較的近い上に大西洋に面しているため、大西洋を航海する場所としても最適だったのです!



ゴレ島と”三角貿易”の関係

ゴレ島はちょうど「ユーラシア大陸(ヨーロッパ)」「アフリカ大陸」「アメリカ大陸」の3つの大陸に挟まれたところに位置しています。
このゴレ島の位置が何を意味するかというと、ゴレ島は3つの大陸間での貿易の拠点として最適な立地ということです!
実際に、17〜18世紀を中心に3大陸間で様々な貿易が行われていました。
このように、3大陸間で行われていた貿易のことを「三角貿易」と言います!





アメリカ大陸は、嗜好品を作るための土地が広大にあり栽培する気候としても最適だったのですが、なにしろ労働力が足りないことが問題の一つでした。
そのためアメリカ大陸の対岸のアフリカ大陸に目をつけて、アフリカから労働力を手に入れることを考えたのです。
なおゴレ島での三角貿易は、1815年に奴隷貿易が廃止されるまで続けられました。
現在のゴレ島の様子

ゆっくりとした時間が流れる現在のゴレ島の路地


壮絶な奴隷貿易の歴史を刻んだゴレ島ですが、現在は平和な日常が送られています。
また首都のダカールからも近い島で周辺の海が美しいこともあり、現在は首都から気軽に行けるリゾート地としての顔も持っています!
しかし、もちろん奴隷貿易が行われていた痕跡はいまだに色濃く残っています。
具体的には、主に下記の建物が奴隷貿易の歴史を語る資料として残っています。
奴隷の家 | 1階にアメリカ大陸へ向かう船の出港を待つ奴隷が収容される部屋があり、2階は奴隷商人が暮らす部屋となっている。 |
---|---|
エストレ要塞 | 奴隷貿易時代を含むゴレ島の歴史を物語る歴史博物館として開放されている。 |

奴隷貿易が行われていた当時に使われていた「奴隷の家」
「奴隷の家」では、奴隷貿易が行われていた当時には2.6m四方の正方形の部屋(約5畳ほど)になんと20人もの奴隷が鎖で繋がれて収容されていました。

また島の至るところに砦や砲台が残されており、当時ゴレ島でヨーロッパの国々の熾烈な領土争いが繰り広げられていたことも物語っています。
そして特徴的なのが、ゴレ島の海岸沿いにはびっしりと建物が並んでいます。
これは奴隷の家などからすぐに奴隷を船でアメリカ大陸へ運ぶことができるようにするために、多くの家がなるべくすぐ海に出られる造りにされていたためです。
一時は島にある建物の老朽化が進んでいることが問題となっていましたが、後世に伝えなければならない歴史を物語る貴重な建物であることから、1980年代から修復工事が積極的に行われてきました。
ゴレ島から学ぶ人類の未来への教訓

前述の「ゴレ島と”三角貿易”の関係」で詳しく触れましたが、ゴレ島に収監されていた人々はヨーロッパの人々の生活を豊かにするための「もの」として扱われていました。
しかし人種や生まれた土地が違うだけで、同じ地球で生きる人間であることには変わりません。
「人種」「性別」「宗教」「成り立ち」、これらの違いによって扱いに差別が発生することは許すまじきことです!
お互いの文化や価値観を認め合って共存できる地球を作り上げていくことが、人類へ課せられた使命ですね。
共存できる地球を作り上げていくという意味では、ゴレ島の世界遺産登録は人類の過ちの歴史を理解する良いきっかけとなります!
このように人類が起こした”負の歴史”を物語る貴重な遺産が残っている点が評価されて、「登録基準(vi)」が認められ世界遺産登録されました!

本日の確認テスト


(「世界遺産検定」の概要についてはこちらの資料を参考にしてください)
3,4級レベル
17〜18世紀にゴレ島が栄えた理由として正しいものはどれか。
- 広大な土地を使ったタバコの生産が行われた。
- 大西洋を通る船から通行税を徴収した。
- 奴隷貿易の拠点の一つとなった。
- ダイヤモンドなどの鉱物資源の発掘が盛んに行われた。
③
答え(タップ)>>2級レベル
「ヨーロッパ・アフリカ大陸・アメリカ大陸」の3大陸間で行われた貿易の名称として正しいものはどれか。
- 大西洋貿易
- 越境貿易
- 三角貿易
- 海洋貿易
③
答え(タップ)>>1級レベル
『ゴレ島』に関する説明として正しいものはどれか。
- 奴隷貿易が廃止された現在も「奴隷の家」などの当時の建造物が残っている。
- ロシア、オーストリア、フランスなどのヨーロッパ諸国が領土を争った。
- ヨーロッパを中心とした各国の交流が促された歴史的背景から登録基準(ii)が認められている。
- 当時の姿をそのまま残すために建造物などの修復は一切行われていない。
①
答え(タップ)>>「ゴレ島」のまとめ

- ゴレ島は奴隷貿易の拠点の一つとして使われていた歴史的背景から負の遺産として登録された!
- 「ヨーロッパ・アフリカ大陸・アメリカ大陸」の3大陸間で行われていた貿易のことを「三角貿易」という!
- 平和を取り戻した現在のゴレ島にも「奴隷の家」「エストレ要塞」など奴隷貿易が行われていた時代の建造物が残っている!
- ゴレ島は悲惨な出来事を今に伝える遺産として登録基準(vi)のみで登録されている!
おまけ:ゴレ島のプチ観光情報

ゴレ島の玄関都市となるセネガルの首都「ダカール」の街並み
空港のある最寄の街 | ダカール |
---|---|
最寄の空港 | ブレーズ・ジャーニュ国際空港 |
時差 | 9時間(東京 – ダカール間) ※日本の方が9時間進んでます。 |
観光のベストシーズン | 12月〜5月 ※6〜10月は雨季になるため足元が悪くなり観光に不便。 |
ゴレ島までのフェリー代 | 約100円 |
治安 | 比較的安定している ※アフリカ諸国の中では治安が良い方だが軽犯罪は発生する。 |
物価 | 非常に安い(日本の1/3ほど) ※ただし宿泊費は安くはない。 |
2021年時点では日本からダカールへの直行便は就航していません。
そのため、最低でも他国の都市での1回以上の乗り継ぎが必要になってきます。
価格重視であれば中東諸国経由がおすすめですが、フランスなどのヨーロッパ各都市での経由もあります。
主なフライトは下記の通りです。
- 成田 → パリ(フランス) → ブレーズ・ジャーニュ国際空港(フライト時間:約19時間00分)
- 羽田 → イスタンブール(トルコ) → ブレーズ・ジャーニュ国際空港(フライト時間:約20時間00分)


最寄都市のダカールまで着いたらまずダカールの港まで向かいます。
港に着くと「ゴレ島行き」のフェリー乗り場があるので、そこから乗船してゴレ島へ向かう流れになります。

加えて、ダカールの船乗り場からゴレ島までは約30分程で着くため非常にアクセスがいいです!
ただし、ゴレ島には観光客が宿泊できるようなホテルがあまり無いため、基本的にはダカールからの日帰り旅行になります(小さなホテルがいくつかあるぐらい)。
一方でダカール市内にはセネガルの首都ということもあり比較的多くのホテルが集まっています。
参考文献・注意事項
- 当記事の内容は「世界遺産検定1級公式テキスト<上>」と「世界遺産検定1級公式テキスト<下>」を大いに参考にしています。
- 当記事は100%正しい内容を保証するものではありません。一部誤った記載が存在する可能性があることをあらかじめご了承ください。